『勝手にしやがれ』をパートナーに軽やかにダンスを踊る映画——リチャード・リンクレイター『ヌーヴェル・ヴァーグ』
- 昌親 谷

- 5月14日
- 読了時間: 4分
映画の撮影現場を描いた作品は、トリュフォーの『アメリカの夜』を筆頭として、それなりの数があるはずだ。しかし多くの場合、映画内で撮られている映画は実在しないものとなっている。一方、タヴィアーニ兄弟の『グッドモーニング・バビロン!』はグリフィスの『イントレランス』、イーストウッドの『ホワイトハンター ブラックハート』は、作品名や人名は変えてあるものの、ヒューストンの『アフリカの女王』の撮影現場を描いていたが、映画で主眼となっていたのは、その撮影現場における人間関係などであった。
しかしリチャード・リンクレイターの新作『ヌーヴェル・ヴァーグ』の場合、ゴダールの長篇第一作『勝手にしやがれ』の制作過程そのものがまさにテーマとなっているのである。もちろん、そこでの人間関係も描かれる。ところが、ゴダール、ジャン=ポール・ベルモンド、ジーン・セバーグ、そしてプロデューサーのジョルジュ・ド・ボールガール、撮影監督のラウル・クタールあたりを中心にそれが展開するのは当然だが、端役を演じたリリアーヌ・ダヴィッド、助監督だったピエール・リシアン、メイクアップアーティストのフォン・メトレ、編集のリラ・エルマンとセシル・ドギュスなど、あまり知られていないスタッフやキャストも出てくるのだし、トリュフォー、シャブロルなどの当時の『カイエ・ド・シネマ』のメンバー(ピエール・カストやドニオル・ヴァルクローズも含まれている)、さらには左岸派などとも呼ばれるアラン・レネ、ジャック・ドゥミ、アニエス・ヴァルダもほんのわずかながら顔を見せ、一方、歌手・俳優のジュリエット・グレコ、監督のロベルト・ロッセリーニやロベール・ブレッソンといった「大物」まで登場するのだ(しかもブレッソンに関しては、ある作品の撮影中というかたちでの登場である)。
人物関係もしっかり描かれおり、たとえばゴダールが他の『カイエ』のメンバーに後れをとっている焦りだとか、撮影中のゴダールとボールガールの確執だとか、ゴダールの即興的な演出にとまどうセバーグとどこまでもマイペースのベルモンドといった人間模様を見ることができるわけだが、上記のような多くの人物が登場し、さまざまなエピソードが盛り込まれることで、人間関係というよりも、撮影をめぐる環境そのものが表現されているといった印象になる。そうしたなかで、たとえば『カイエ』の事務所で金をくすねるゴダールの手癖の悪さなどまで表現されているのだ。
それこそ、『勝手にしやがれ』が撮影された時代にカメラを持ち込んで、現場をドキュメンタリーで撮影したかのようにすら感じさせるのであり、単なる再現ドラマの域をはるかに超えている。そうしたなかでも出色なのは、ゴダール役を演じたギヨーム・マルベックの声と話し方だ。まさにゴダールその人が話しているようにしか聞こえない。
だが、それにも増して、この『ヌーヴェル・ヴァーグ』という映画のルックによるところが大きいことを強調しておかねばならないだろう。モノクロで1.37:1のサイズというのは当然としても、フィルム撮影の場合にリールの最後に出てくる画面右上の印まで再現されたりしているのだが、それ以上におそらく重要なのが、カメラ・ポジションやアングル、カメラの動かし方といった点で、これがまさに『勝手にしやがれ』そのままなのである。たとえば、この映画ではゴダールが車を運転するシーンが何度かあるのだが、カンヌに向けて車を走らせるシーンは、『勝手にしやがれ』冒頭でベルモンドが南仏からパリに向けて運転するシーンを彷彿とさせ、パリ市内でゴダールが車を走らせているシーンは、ベルモンドとセバーグがオープンカーで街中を走行するシーンを思い出させる。作品の制作過程を見せながら、『勝手にしやがれ』そのものになろうとしている映画なのである。
さらに、VFXで当時のパリの街並みを再現してもいる。『勝手にしやがれ』のラストで、撃たれたベルモンドがよろけながら走り、そのあとをセバーグが走って追いかけるという有名なシーンは、モンパルナスで撮られているが、いまではアスファルト舗装になっている通りを、VFXで当時と同じ石畳に変えたというのだ。そうした細やかで徹底した配慮のおかげで、ベルモンドとセバーグがシャンゼリゼ大通りを歩くシーン、そのシャンゼリゼにベルモンドの予告通りに明かりが灯るシーン、二人がホテルの部屋で延々と戯れるシーンなどが、その撮影現場の再現にとどまらず、『勝手にしやがれ』そのものの新鮮さを蘇らせてくれるのである。
映画好きを誇示するような作品を見せられると、つい鼻白むといったこともままあるのだが、ここまでやられると脱帽するしかない。『勝手にしやがれ』をパートナーにして、軽やかにダンスを踊る映画、それがこの『ヌーヴェル・ヴァーグ』という作品なのである。
2026年7月10日公開予定
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