前田哲監督の『ロストケア』(2023年、114分)を劇場で鑑賞。
訪問介護を受けていた老人が亡くなり、その家で介護センター長の死体も見つかったことがきっかけで、検事の大友(長澤まさみ)は、介護センターの職員である斯波(松山ケンイチ)に疑いの眼を向けるようになる。
未読であるが、葉真中顕の原作小説はミステリー仕立てということで、通常であれば映画もミステリーとして撮られるところだが、映画はそうしたミステリー的な装いを脱ぎ捨て、日本の介護現場の実態に迫りつつ、あくまで人間ドラマを見せていく。
なんと言っても、取り調べの際の大友と斯波の対決が最大の見せ場だ。俳優二人の演技がすばらしい。ひたすら落ち着き払って、むしろ穏やかに「この社会には穴が開いている」と言い放つ斯波に対し、あくまで正論をぶつけつつも、揺らぎを感じざるをえない大友。その大友の揺らぎが、鏡像を使った演出によって増幅される(角度の違う複数の鏡に映った像で彼女が幾人にも分かれて見えたり、向き合う斯波とのあいだのテーブルの上に、あたかも水底から浮かび上がったようにその顔が映ったりする)。
さらに、回想のなかで斯波が父親(柄本明)を介護し、その父親から殺してくれと頼まれ、ついには手にかけるに至るまでの一連のシーンでの松山と柄本もみごとだ。柄本明の出番はわずかだが、その演技には鬼気迫るものがある。一方、ここでの前田哲監督の演出はむしろ外連味のないものだ。
そしてラスト、斯波と大友は面会室でふたたび顔を合わせる。二人の演技のすばらしさは取り調べのシーンに劣らないが、ここでは二人のあいだのアクリル板におたがいの顔が映る一方、背景は真っ黒になり、まさに二人だけの世界となる。前田哲監督は、どうやら面会室を懺悔室に変換させてみようとしたようだ。
こうした主要な俳優だけでなく、脇を固める他の俳優たちの演技もそれぞれ充実している。介護の現実という深刻なテーマを取り上げているだけでなく、俳優の演技を十二分に愉しませてくれる映画だ。そしてその俳優の演技としっかり向いあった前田哲監督の演出も堂々としたものだ。映画の冒頭近く、斜面の道の急カーブをゆっくり曲がっていく車をとらえたショットから、私たちは、見かけは明るく、しかしそれこそ斯波の言うように穴の開いた世界に入り込んでいくのだ。
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